『エスパー魔美』(エスパーまみ)は、藤子不二雄名義で発表された日本の漫画。
藤本弘(後の藤子・F・不二雄)の単独執筆作。漫画を原作としたテレビアニメとテレビドラマも放送された。
概要
漫画雑誌『マンガくん』の創刊号(1977年1月10日号。1976年12月発売。1976年は昭和51年)から1978年まで連載され、『マンガくん』が『少年ビッグコミック』に改題された後は不定期に掲載、1983年(昭和58年)に最終回を迎えた。漫画作品はすべて藤子不二雄名義で発表された。
1974年に発表された短編『赤毛のアン子』(後に『アン子 大いに怒る』に改題)は本作の原型である。
1990年の文章にて藤本は、本作連載前の時期(1976年頃)を『オバケのQ太郎』から始まった生活ギャグ路線が曲がり角に来た時期としたうえで「このへんでちょっと目先を変えてみたいなと考えました」と語っている。また、本作のポイントとして以下の4つをあげている。
主人公を女の子にする。
超能力を持たせる。ただし、ごくささやかな力に限定する。
活躍の場を大人の世界にする。そのため主人公の年齢を中学生に引き上げる。
主人公の性格、生活環境を、なるべく平凡なものとする。
これらの試みは成功を収め、本作は藤本の代表作の一つとなった。
藤子不二雄のアシスタントを務めたえびはら武司は、藤本は魔美の裸シーンを描くためにSMクラブに通って勉強したと語っている(ただし、えびはらの発言には事実と異なるものも複数ある。えびはらは本作連載開始の前年の1975年に藤子スタジオを退社している)。
1987年(昭和62年)4月からテレビ朝日系列でアニメ化され、オリジナルストーリーを多数交え、約2年半にわたり放映された。アニメ映画も1本製作された。
アニメ化に伴い『月刊コロコロコミック』1987年4月号から1988年4月号まで再録連載され、同誌の別冊と増刊号にも1回ずつ再録されている。
1995年盛夏に藤本は「『エスパー魔美』なんかもね。余力があれば、また描けたらいいななんて思うんだけども」と語っていたが、1996年9月の死去により、その構想は謎のままとなった。
2002年(平成14年)には、NHK教育テレビジョン『ドラマ愛の詩』で実写ドラマ化された。
出典: Wikipedia